夢でありませんように。










「あの…クルルさん?」
「クルルでいい」





彼、クルルと出会ったのは数十分前。
いつも散歩の途中に寄る、小さな公園。
そこのベンチで、彼は眠っていた。

不思議な光景だった。
見慣れた公園の景色。
その片隅に見慣れない白衣の男性。
白い肌に眼鏡の、いかにもな科学者風。
金色の長い髪が、そよ風に揺れて。

綺麗だと、思った。
ごくありきたりの風景の中に在る、異質な存在。

ガラスの向こうの、夢の中の世界を見ているような気分。
阿呆のように突っ立って、その景色に見蕩れてしまった。

幾時か…おそらく数分の後、彼の眼が開いた。
眼鏡の奥に見えたのは――紅の、瞳。
本気で夢を見ているのではないかと、思った。
そう思わずにはいられないほどに、美しかったから。

ふと、交差する視線。

その瞬間、身体が硬直した。
脳細胞間の電気信号の伝達が堰き止められたかのように。
棒のように立ち尽くしたまま、彼がこちらへと歩いてくるのを眺めていた。

「何だ、お前」

その言葉に返答するどころか、呼吸することさえ出来なくて。
ただ、眼前の紅に映る自分の姿を見つめて。

「…おい、どうした?」

白い指が、頬に触れた。
条件反射。
瞬時に、私の左手は彼の手を払っていた。
そして彼の顔には、驚きの感情。

「…ふぅん」

彼は口の端に微かに笑みを浮かべると、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
何故か、それを振り払うことは、しなかった。
不思議と、嫌ではなかったから。

「たまにゃ外に出てみるもんだなァ…意外な拾いモンがありやがる」

くっくっと、喉を鳴らして笑う彼。
端麗な容姿の割に、…失敬ながら、性格が悪そうだと思った。

「ほれ」

白い手が私の前に差し出される。
掴め、ということだろうとは理解した。
今でも分からない。
なぜ私はこのとき、その手を取ってしまったのだろうか。
おそるおそる触れた手は、冷たかった。

「行くぜ」
「…っ!?」

目を開けていられないほどの閃光が迸った後に訪れた、一瞬の浮遊感。
そして次の瞬間には、先程までの暖かな外気とはまるで違う、冷たい空気が私を包んだ。
何が起こったのかもわからぬまま、そっと瞼を開ける。
私が立っていたのは――膨大な量の無機質な機械群の中心。
パニックどころか思考が停止し、開いた口が塞がらなかった。

「ようこそ、俺の研究所(ラボ)へ」

そんな私とは対照的に、彼は心底楽しそうに微笑って。
機械群体の一部と化している椅子に腰掛けて、私を見る。

「俺はガマ星雲第58番惑星宇宙侵攻軍特殊先行工作部隊作戦通信参謀、クルル曹長だ」

訳の分からない単語の羅列の、自己紹介。
どう切り返して良いかも分からず、呆然とするばかりだった。

「くくッ…オモシロイなァ、お前。名前は?」

その言葉に誘われるように。
彼の言葉に操られるように。
私の口は、自身の名を声に紡いだ。

「私、の、名前は――…です」
、な」

にぃ、と。
彼は、満足げに笑った。
それはまるで、玩具を得た子供のような、笑みだった。





――そして話は今に戻る。

「え、と。く、クルル…は、何で、私、を、こんな、ところに?」
「面白ェから」

手近な機械を弄りながらの彼に、あっさりと一言で返される。
一体全体、あの時の自分は何を考えていたのかと問い詰めたい。
あの時に彼の手を取っていなければ、こんなことにはなっていなかっただろうに。

「…怖いかよ?」
「え?」
「怖いんだろ?俺が」

その言葉を否定することは出来ない。
私は今、確かに恐怖を感じている。
別にクルル自体が怖いというわけではなく、私が男性一般を恐怖の対象としているからなのだが。

。幼少時に父からの虐待を受け、現在は男性恐怖症となっている」

淡々と。
理解できない文字列の映し出された小さなモニターを見ながら、クルルは言う。
…それは、確かに私のことだった。

「何、で」
「この俺様にかかりゃあこの程度の情報(インフォメーション)を得るなんざァ楽なもんでね。
 クックック…大当たりだ。研究対象として申し分ねェな、こりゃあ」
「な、何を、言って」
「…座れ」

小さく、鋭く、命令形で呟かれたその言葉に、私の身体は従っていた。
歯が、かちかちと鳴った。
恐怖に体が震える。
冷たく硬い床に、体温が奪われるようで。

クルルは私が座り込んだのを見届けると、椅子から降りた。
しゃがみこんだ彼と、目線が合う。
紅い瞳の奥に、先程の言葉の鋭さとは裏腹な――優しさが、見えた。

それを不思議に思う暇もなく、私は彼に抱きしめられた。

強くなく、弱くなく、ただ、とても優しい抱擁。
私を守り、包み込む、確かな温もり。
その暖かさを感じながら、私は抵抗もせず大人しく抱かれていた。

心の奥で何かが変わっていくのを感じた。
それは、絡み合い、雁字搦めになっていた心の糸。
それが今、しゅるしゅると音を立てて解けていく。

「なぁ、俺が怖いか?」

その問いに、腕の中で首を横に振る。
もはや恐怖は――少なくともクルルに対しては――ない。
今この胸の中に去来するのは、恐怖ではなく…愛しさ。

「――ありがとう、ございます」
「…別に、礼を言われるようなことしたつもりはねェよ」

それでも、ありがとう。
心の中で呟いて、温もりの中で眠りに落ちた。



どうか、今日という日が、彼との出会いが、夢でありませんように。










夢のような出会い。

嘘のような開放。

幻のような、恋。





――今はただ、この想いが夢ではないことを祈って――。



















05.解き放たれた過去















fin




atogaki
 10000HIT記念フリー夢小説。
 浅野麗羅様リク、『男性恐怖症主人公・甘シリアスクルル夢』でした。
 先生、甘とほのぼのとシリアスの境界線が分かりません(;´Д`)ノ
 何とか男性恐怖症だけはクリアできた…の…か?(ぉぃ
 クルルはこんなに優しくない気もします(笑
 お持ち帰りは自由ですが、サイト掲載の際にはご一報あれ( ´ω`)ノ

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