ぼたぼたと、鮮血が流れ落ちる。
水面に浮かぶ存在の証。
鼓動と共に失われていく生命の印。

あぁ、生きている。










ちゃん!」
「あ…東谷さん、日向さん」
「また先生に呼び出されたんだって?」
「うん。『ちゃんと女子制服着ろ』…ってさ」
「ったく、あの先生いちいち規則規則って煩いのよね〜」
「気にしちゃだめですよ、さん!」
「大丈夫だよ。ありがとう、東谷さん、日向さん」

じゃ、と言って、少年の姿をした少女は背を向ける。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、優しくも涼やかな雰囲気。
男子制服に身を包んだ彼女は、すべての女子生徒の憧れでもあった。

「…格好いいなぁ〜」
「そうですねぇ〜。…でも」
「でも?」
「え、あ、いや、なんでもないですっ!行きましょ、夏美さんっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ小雪ちゃん〜!」

(…でも)

哀しい瞳。
混沌とした心。
そして… 血の、匂い――。










「…はぁ」

自室のベッドに寝転がり、小さく溜息をつく。
まったく学校というものは――ことに教師というものは面倒くさいことこの上ない。
俺がどんな格好しようが自由だろうに、やれ規則だなんだと呼び出される。

「ちっ」

左腕を天井へ伸ばし、制服の袖をまくり、ぐるぐるに巻かれた包帯を解く。
そこにあるのは見るも無残な紅い痕の数々に彩られた腕。
『生きてきた』証。
いつ始めたのかも忘れた行為。
生ける屍にならないための。
消えそうな『自分』を保つための。

「何にも知らないくせに」

誰も、何も知らない。
俺がこうやって男物の服を纏う理由も。
俺がこうやって自らに刃を突きつけている事実も。
誰も、何も知ろうとしない。
だから気づかない。
俺が本当は独りだってことに。

「外見しか見えないくせに」

起き上がり、1階の洗面所へ向かう。
両親はいつだって遅くならなければ帰ってこない。
帰ってくる頃には血の匂いは消え去っている。
鏡に映る自分の顔。
泣きそうな顔だ。

「…ふっ」

自嘲気味に笑う。
ざぁざぁという音と共に水が洗面台を満たしていく。
愛用の剃刀に手を伸ばす。
血脂で少し錆が浮いていた。
それでも、まだ切れる。
左手首に刃を当て――、
…引こうとした手は、何者かの手によって抑えられた。

「間に合ったでござるな」

背後から声。
俺の手を掴んでいたのは、見たことのない青年だった。
背が高く、振り向きながら見上げる形になる。
見る限り20前後、少なくとも自分よりは年上だろう。
蒼い髪、蒼い瞳。…派手な見た目だ。
そのくせ時代劇で見るような忍装束で、明らかに時代考証間違いまくってる口調。
なんかもう、存在自体が間違っている気がする。

「…誰だよ、アンタ」

いや、その前に完全に不法侵入だろコイツ。
まずそこに突っ込むべきだったかと思いつつ、腕を振り払おうとする。
…が、きつく掴まれたソレはぴくりとも動かない。

「…放せっ!」
「そうはいかないでござる」
「っ!?」

ぐっ、と引き寄せられ、寄りかかるような形になってしまう。
展開のイキナリさに軽くパニックになっていると、顎を掴まれ、顔を上げさせられて――

口付け。
しかもなんか深い。

何がどうなってこんなことになっているんだ一体!?
もうそろそろ脳内混乱も最高潮で眩暈がしてきた。

「――ん、ぅッ!?」

“何か”が、喉の奥に流し込まれる。
こういう場合、何らかの薬というのがお約束なわけだが。

「な…にを…っ」
「少し、眠ったほうがいいでござるよ。殿」

その言葉を聞き終わるのとほぼ同時に、俺は意識を手放した。










「――…?」

薄く目を開けると、そこには見慣れた自分の部屋の天井があった。
頭がぼんやりする。…眠っていたのか?
いまいちスッキリしない思考で、記憶の糸を手繰る。
俺は…一体…?

「あ、目が覚めたでござるな」

声がしたほうにゆっくりと顔を向ける。
その顔を見た瞬間、一気に意識と記憶がはっきりした。

「不法侵入青頭―――――ッ!!」
「うわぁッ!!?」

脊髄反射レベルで身体が動いた。
しかし全力で繰り出した拳技や脚技はことごとくかわされて。

「死ね!なんつーかもう色々マジで死ね!!」
「ちょ、殿っ!落ち着くでござるっ!」
「…落ち着いてられると思うか!?――…っ、あ?」
殿ッ!!」

くらり。
視界が、揺れる。
身体の感覚がなくなっていく。
やば、倒れる、かも。
床にどっかぶつけたら、…痛いよなぁ、やっぱ。
虚ろになる意識の中、そんなことを考える。
まぁいいか、と、目を瞑る。

「…?」

しかし、来るべき衝撃が来ることはなく。

「まったく、無理をするからでござる」

気付けば、青頭の不法侵入者に抱きとめられていた。
…あぁ、助けてくれたのだろうか。

「………ありがとう?」
「何ゆえ疑問系でござる?」

呆れ気味にそう言うと、青頭は俺をベッドに寝かせた。
一体今日は何なんだ、全くロクな事がない。
とりあえず、この青頭が俺を心配してくれているらしいのは救いかもしれない。
それに――こんなに他人に触れ(るハメになっ)たのは、久しぶりだ。

「体内の血量が減っていて、その上寝起きであんなに大暴れするからでござるよ」
「…誰のせいだ、誰の…ッ」

奴は俺のベッドに腰掛けて、苦笑いをしながら俺の頭を撫でた。
子ども扱いか。子ども扱いなのか。…まぁ確かに青頭よりは年下だろうが。

「つーか、一体全体、アンタ何者なんだよ。この不法侵入青頭」
「酷い言い草でござるな…。拙者はドロロ。小雪殿の命にて馳せ参じたでござる」

小雪…小雪…あぁ、東屋さんがそんな名前だったな。
不思議な子だとは思っていたが、まさかこんなんを従えているとは思わなかった。
そういやコイツ、ここに来たとき『間に合った』とか言ってたっけ。
ってことは彼女は俺が自傷してることに気付いてたのか?
うーむ、可愛い顔して侮れないなぁ。
…それにしても。

「ドロロ…か。…変な名前」
「そりゃあ拙者は宇宙じ――あぁいや、その、…そうでござるな」
「?」
「そっ、それより…何で、こんなことをするのでござる?」

ドロロの手が、俺の左腕に触れる。
包帯が外されたままのそれは、痛々しい姿を晒していた。

「痛いでござろう?自分を…傷つけるのは」
「…痛いさ」
「こんなことをして、何の意味があるのでござる?」
「あるんだよ――少なくとも、俺にはね」

みんなみんな、俺の外側しか見えない。
誰かに見つけて欲しかった。
でも、誰も見つけてくれなかった。
“俺”が――消えそうだった。
だから、俺はここにいるんだ、って、こんな…女子としては目立つ格好をして。
それでも足りなくて…痛みに、血に、存在の証を求めて。

「それに…俺は、ひとりぼっちだから」

辛くて。苦しくて。痛くて。悲しくて。寂しくて――。

「…俺がいなくなったって、誰も気付きゃしないだろーし」

…あぁ、俺、何言ってるんだろう。
こんな、初対面のやつに。
不思議だな。コイツには――何でも言えてしまいそうだ。

「――何か、悪いな。こんな話して…忘れてくれ」
「…忘れないでござる」

上半身を起こされ、抱き締められる。
初対面の異性とこう何度もひっつくことが、フツーの生活で、あるだろうか。
いや、ない。絶対無い。
そんなことを考えていると、…ドロロの身体が、小刻みに震えているのが分かった。

「な、泣いて…んのかよ?」
「泣いているでござる」
「そこは普通否定するトコなんじゃ…。何でお前が泣くわけ?」
「悲しいからでござる」
「わけわかんねぇ…なんでお前が悲しむんだよ!?」

泣きたいのは俺のほうだっつーの。
そんなつもりで話したんじゃねぇのに。

「ひとり、だなんて、悲しいことを、言うからでござる」
「はぁ!?」
「ひとりになんか、させないでござる。ずっと一緒にいるでござる」
「ちょ、ちょっと待てよっ!」
「この悲しい傷が、跡になって、それも消えるまで――ずっと――」
「ば、馬ッ鹿じゃねぇの!?なんで、こんな初対面の人間にそこまで言えるんだよ!!」

ふと、ドロロの身体が離れる。
顔を見上げれば、綺麗な蒼の瞳が涙に濡れていた。
ドロロの白い手が、俺の頬に触れる。
瞳が、顔が、近づく。

唇が、触れた。

「拙者は、殿を慕っているでござる」

俺を、慕っている?
現代風に解釈すると…俺のことが好き、ってこと?
って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!??

「一目惚れ――でござる。想いに時間は関係無き故に」
「…お前…そーゆーこっ恥ずかしい台詞は脳内ライブラリにでも入ってンのか?」

もう呆れるやら照れるやらで頭が痛い。
今日は何だ。13日の金曜日か。俺は何かに憑かれてんのか。
それとも――逆に憑き物が取れたのか。
はいはい、分かった、分かりましたよ。
…腹、くくりましょーか。ここまで来たら。

「あーもー、分かったよ。そこまで言うなら、いてもらおうじゃないか」
「え?」
「いてくれるんだろ?この傷が、消えるまで…一緒に」
「も、もちろんでござるッ!」










不思議なやつだなぁ、ドロロは。
ひとりぼっちの俺のために、泣くなんてさ。
しかも俺、お前の前だと格好つけも出来ないし。

あぁ、もしかしたら、そうかもしれない。
ってか、きっとそうなんだろうな。

でも、今は言わない。

だってハズいじゃん。
俺のキャラじゃないしさ。










この傷跡が消えるころには、もう少し素直になれているだろうか。















03.その傷跡が消えるころ















fin




atogaki
 10000HIT記念フリー夢小説。
 紫銀様リクでドロロ日常夢―――――
 ぶっちゃけ日常じゃないですね。ホントゴメンナサイ。
 作中でフツーじゃないとか言っちゃったよorz
 主人公の性格も色々間違ってる悪寒…。だ、男装だけはクリアしましたッ!(殴殺
 お持ち帰りは自由ですが、サイト掲載の際にはご一報あれ( ´ω`)ノ

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