目の前が、一瞬真っ白になった。
分かっていたことだけど、いざそのときが来ると、一気に怖くなった。
…覚悟はしていたのに。
微かな鈴鳴のように、儚い恋だと――
「さよなら、なんだね」
搾り出した声は、少し震えていたかもしれない。
「…誰に聞いた?」
「さっき、…ケロロたちが話してるの、聞いちゃった」
「…そうか」
この基地で過ごすのも今日で最後でありますな
そうですね
…本当に日向家の連中には何も言わずに行くのか
どうせ退星時に全ての記憶は消えるであります
だから…悲しい思いなんて、させないほうがいいのでありますよ
あの時…一度この星を去ったときのことを忘れてはいけないであります
ギロロ伍長も、分かっているでありましょう?
……………
…軍曹さん…
我々は軍人であります
我々は侵略者であります
ひとところに留まり続けていた今までのほうが異常だったのでありますよ
はぐれ者は修正されるのが世の常ってモンであります
ドロロ先輩はどうするんでしょう…?
ドロロ兵長は、先日正式に離軍したそうであります
我々がいなくなった後もこの星を守り続けるのだと
…たとえ誰に知られることがなくても、みんなを守るのだと
そうか、我々が本退星したら…東谷小雪のドロロの記憶も…
誰に知られることもない
それが忍の本質だと、笑っていたであります
…ねぇギロロ、強くなったよね、ゼロロ
あんなに弱虫で、泣き虫だったのに
ケロロ…
軍曹さん…
…あー、なんか湿っぽくなってきちゃったでありますな
湿気は大好物だけど、こんな湿っぽさはノーサンキューであります
さっさと退星の準備をしてしまわないとね
今日の夜には迎えが来―――――
分かってた。
分かってたはずなんだ。
頭では理解していたはずなのに。
それでも、ずっと一緒にいられると思っていたかった
それでも、ずっと恋をしていられると思っていたかった
…甘い夢をいつまでも見ていられると思っていた。
でも、いつだって夢は幻でしかなくて。
いつだって現実は問答無用で残酷で。
恋人同士というわけじゃなかった。
でも一緒にいると幸せだった。
言葉なんかなくても、きっと想いあえていた。
「……………」
「……………」
重い沈黙が続く。
これが悪夢ならいいと思うけれど、これはれっきとした現実。
決して逃れ得ない、別れという悲しい現実。
悲しすぎる。辛すぎる。認めたくない。
けれど明日にはその全てを忘れ去ってしまっているという…無残な真実。
「ねぇ、クルル」
あたしとクルルが一緒にいられる時間は、あと数時間しかなくて。
分かっていて、覚悟もしていたはずなのに、いやだいやだよと泣いている心の中の自分。
「あたしね、クルルといて楽しかったよ」
ちょっとつつかれれば涙が出そうだった。
出会ってからの日々が脳裏をよぎる。
第一印象は最悪で、何度か実験台にされかけて。
それでも話していると楽しくて、気付いたときには好きになっていた。
毎日ラボに入り浸って、たまに睦実も交えて電波トーク。
あたしと彼が一緒にいた日々。
それは確かにあって、でも明日からはなくなるもの。
「…あぁ。俺も楽しかったぜ」
「そっか、よかった」
ぺたんと、金属質の床に座り込む。
俯いた拍子に、涙がぽろりと零れ落ちた。
楽しくて楽しくて仕方なくて、終わると知りながら終わって欲しくなかった。
二律背反を抱えるくらい楽しかった夢は、今日でおしまい。
「忘れたくないよ。楽しかったんだから。悲しいよ…」
「…」
「でも、この悲しいのも、苦しいのも、…忘れちゃうんだね」
ふわり。
優しい温もりに包まれる。
抱き締められていることに気付くのには少し時間がかかった。
抵抗する気力もなく、ただ腕の中で涙を流す。
「あたし、あたしね、楽しかったんだ。ほんとのほんとに楽しかったんだよ」
「…分かってる」
「きらきらして、あったかくて、サイコーの毎日で」
「…あぁ」
「忘れたくないよ。きらきらした想い出と一緒に生きていきたいよ」
これは我侭だ。
現実を無視し、逃避する、子供の我侭。
「想い出だけじゃない、クルルと一緒がいいよ。ずっと一緒にいたいよ」
馬鹿馬鹿しいと分かっていても、止められない。
落ちて砕け散ることを運命づけられたガラス玉が、重力に逆らうように。
美しい煌めきを、失くしたくなくて。
「あたし、クルルのこと、好きなんだよ」
別れ際の告白。
今どきB級ドラマにだって使われないシチュエーション。
顔が涙でくしゃくしゃになって、みっともないったらない。
「…馬ァ鹿」
抱き締める力が強くなる。
少し耳を澄ませば、鼓動音が聞こえた。
それが自分のものか彼のものかは、分からなかったけれど。
「知ってるってんだよ、そんなん」
あぁ、そうだ。
彼はいつだって何もかもお見通しだ。
最悪に最強で、性格悪くて電波で陰湿。
そして、あたしの大好きな彼は。
「…クルル」
「お前は何も心配しなくていいんだよ」
力強く放たれた言葉。
見上げた彼の口元に、いつもどおりの不敵な笑み。
「俺は、忘れねェ」
唇が重なる。
それは、甘くて、暖かくて、優しくて――。
「少しの間だけだ。…迎えに来るぜ。必ずだ」
「…ん」
失われる想い。
忘れられる約束。
それでも今は、そのかがやきを信じて。
きらきらきらめく、夢色の時間。
せめて、ガラス玉が砕け散るその瞬間まで。
ガラス玉が砕け散ったあと、その破片が虹を映すことを、願う。
02.玉響の煌めき
fin
atogaki
10000HIT記念フリー夢小説。
牡丹様リクで『クルルの甘々夢』ということでした…が、
ごめんなさい、甘くないです。本当にゴメンナサイ。
このお題で甘くするのは自分には無理でしたorz
リクエストに上手く答えられず申し訳ない…。
お持ち帰りは自由ですが、サイト掲載の際にはご一報あれ( ´ω`)ノ
Title by TV