たまたま通りすがった日向家のリビング。
そこにあるソファの一つで、一人の女が横になって眠っていた。
「…阿保か」
さすがに溜め息が出た。
おおかた、日向夏美のところに遊びに来たはいいものの
その日向夏美が用事で出て行ってしまって帰りを待っている間に眠ってしまったとかだろうが、
…この女、警戒心というものを母親の胎内にでも忘れてきたのではないだろうか。
元は異性人…この星のヒトよりはるかに小さいケロン人であるとはいえ、
現在は地球のヒトの姿をとることが出来る男がこの家には幾人もいるというのに。
さすがに危機感を感じろとか自分の身体を大事にしろとかという老婆心を感じてしまう。
「彼氏に怒られても知らねーぞ?」
なるべく音を立てないようにソファに近づき、顔を覗きこむ。
幸せそうな顔で眠りこけ、些細なことでは起きそうにない。
この女…の恋人は、この星での俺の電波仲間・北城睦実だ。
睦実の芸能活動が忙しくて会う機会は少ないらしいが、それなりに幸せらしい。
我ながら不思議に思う。
勇輝が俺に睦実が好きなんだと呟いたあの時、
どうして俺は、睦実も勇輝のことが気になっていると教えたのか。
自分には何のメリットもないのに、どうして勇輝に情報を与えたのか。
「ふん…」
の頭側の床に座り、ソファの端に背をもたれる。
首を捻れば見える寝顔、すぐ側で聞こえる可愛らしい寝息。
それら全てが俺の理性を容易く奪い去れるものだとこの女は知らない。
俺がこの女を手にしたいと望むようになったのはいつからだったか。
もはや覚えてもいないし、それに然したる意味も無い。
ふと気づいた時にはの存在があまりにも大きいものになっていた。
それに気付いてからというもの、が笑っていればそれでいいなどという
まったく俺らしくない考えに支配されることがある。
例え自分の願望を押し殺してでも、の幸福を優先してしまう。
泣きそうな顔で睦実への想いを吐き出した。
あんな哀しい顔は見ていられなかった。
笑っていてほしかった。幸せでいてほしかった。だから教えた。
その哀しみと涙が自分に向けられることが無いのを多少悔しく思いながら。
「…」
時折言ってしまいたくなる。
俺はお前が好きだ、愛している、と。
けどその度に、あの時のの笑顔が脳裏にちらつくのだ。
睦実もが好きだと俺が教えた時の表情。
大きな瞳を涙で潤ませて、泣きそうなのに心底嬉しそうだった…あの笑顔が。
時計の秒針がカチカチと時を刻んでいく。
…時間など止まればいいと思った。
二人しかいない静かで穏やかな時間がずっと続けばいい…。
「くくっ…くっくっく」
額に手を当て、自分の愚かしい思考に嘲笑する。
まったく、何を考えているのだ。
この女の側にいると自分が自分ではなくなっていく。自分が壊れていく。
――あるいは、壊れてしまいたいのか。
「…馬鹿馬鹿しい」
仮にそうだとしても其れは叶わない願い。
天井を見上げ、小さく息を吐く。
俺は今までもこれからもずっと、『俺』のままでい続けるのだろう。
眠り続ける女の黒く長い髪を掬い上げ、それにそっと唇を落とす。
部屋には相変わらず安らかな寝息だけが聞こえていた。
告げるつもりはない。
決して告げはしない。
強欲な俺が一番の欲望を我慢してるんだ。
だから。
今この瞬間ぐらいは、俺にくれたっていいだろう――?
04.告げるつもりはないけれど
fin
atogaki
1周年記念フリー夢小説。
お持ち帰りは自由ですが、サイト掲載の際にはご一報を。
笑師勇嬉様リクエスト、クルル悲恋夢でございます。
切ない系悲恋とのリクエストでしたがこれでいいんでしょうか。
クルルともかくヒロインが全く切なくありません。わーお。
毎度思いますが、自分の書く曹長はネガな方にキャラ崩壊してますね。
んなこと言ったら自分の書く文章の殆どがそうなんだけど。
08.09.21 黒風貴臣