死屍が累々と転がる紅い世界を歩いていく

吐き気を催すような腐肉の異臭と錆びた鉄の臭いが辺りを満たす

死肉を踏み潰すたびに足裏から伝わる気色の悪い感触

ふと足元に視線を向け、そこにあった光景に僕は崩折れる

人の形を留めない屍に囲まれながら、元の姿のまま転がっている愛しい人

その腹部には見慣れた自分の斬撃の跡

切り口から臓腑が溢れ出て、それでも彼女は綺麗だった

血に濡れた手でその白い肌にそっと触れる――















「―――ッッ!!」

そこで、目が覚めた。
体中から嫌な汗が噴き出している。

(……夢か)

ゆっくりと体を起こし、額に手を当てて荒れた呼吸を整える。
酷く不快な、忌々しいまでにリアリティのある悪夢。
…本当に、夢?
急に不安になって、周囲を見回す。
同居人の地球人、東谷小雪が隣ですやすやと眠っていた。

(よかった、夢だ…)

ほっとして、軽く息を吐く。
…無数の屍が転がる世界の夢を見たのは初めてではない。
が、彼女が…があの夢に現れたのは、初めてだった。
いつもの彼女の優しい笑顔を思い出す。
彼女を見つけて、彼女に焦がれて、地球人の姿を手に入れて。
彼女と二人で会うようになって、彼女に想いを伝えて。
一緒にいるだけで、話をするだけで、どんどん彼女に惹かれて。
僕の真実…本当の姿を見せ、この星の民ではないということを告げても、
彼女は何も疑わず僕を信じ、僕の全てが好きだといってくれた彼女。
あの夢が現実に…なんて、考えたくもない。

僕はもう、彼女なしでは生きられない。










「…ドロロ?」
「え?」

隣の彼女が不安そうに僕を見あげる。
また、ぼんやりしてしまったらしい。
せっかくと公園に遊びに来ているのに。
公園のベンチで浴びる太陽の光は優しく、そよ風も心地よい。
それなのに、どうにも昨夜の夢が頭にこびりついて離れない。
ただの、夢なのに…。

「何か今日、ぼうっとしてるね?調子悪い?」
「大丈夫…でござる」
「顔色悪いよ、帰って休んだ方が…」

彼女の手が僕の頬に触れる。互いの顔が近づく。
…背筋に寒気が走り、全身が総毛立った。思わず後ずさり、彼女の手を払っていた。
――近くで見た彼女の顔が、あの夢と同じ、真っ白な顔だったから――。
しかしそれも一瞬のことで、彼女はすぐにいつもの顔色に戻り、ぽかんとしていた。
自分がとても酷いことをしてしまったことに気付く。
せっかく心配してくれたのに拒絶するなんて…。

「あ…ご、ごめっっ…!」
「…何か、あったの?あたしでよかったら聞くよ?」
「だ、駄目だよ…僕のこと、嫌いになるよ」

言えるわけないじゃないか。殺してきた人々の夢を見たなんて。
言えるわけないじゃないか。君を殺す夢を見たなんて。

「僕は…が好きだから…。これ以上を裏切りたくない…」
「嫌いになんかならないよ。なるわけないよ。
 あたしはね、キミに裏切られたと思ったことなんかないんだ。
 キミがこの星の人間じゃないって知ったときもね。
 これからもずっとそう思うことはない。だから、大丈夫だよ」

きっぱりと言ってのける。
は、本当に優しい。
本当に優しくて、優しすぎるから、その優しさに甘えてしまう。

「…僕は…母星ではアサシン、暗殺者だったんだ…。
 数え切れないくらいたくさん殺したよ。…それが、任務だったから。
 今でも、たまに夢を見るんだ。僕が殺した人の死体が山になってる夢…。
 昨日も見たんだ…、……でも、そのたくさんの死体の中に、の死体があって…!!」
「ど、ドロロ!?」
「僕がッ!!僕がこの手で、をッ…!!」
「ドロロ、落ち着いて!ただの夢だよ!」
「…あ」

の声で、現実に戻る。
夢…そう、夢なんだ。それなのに、どうしてこうも不安になる?
彼女の澄んだ瞳に、僕が映る。
君には今、僕はどんな風に見えているの――?

「ごめん…ごめんね…僕…こんな…」
「どうして謝るの?ドロロは何も悪いことしてないのに」
「違っ…!僕は、たくさんの人を殺めて…!」
「でももうそういうことはしていない」
は!僕が…っ、怖くないの!?
 人殺しの僕が――いつか君を殺めるかもしれない僕が――!!」

――ぎゅっと、抱きしめられる。
彼女が、僕に抱きついていた。

「え……?」
「ひどいな、ドロロ。あたしを疑うんだ?」
「う、疑って?」
「あたしがドロロを嫌いになるんじゃないかって疑ってるんだ、キミは」

ああ。確かにそうかもしれない。
心のどこかで…を信じ切れていなかった。
僕のことを疑おうともしないが…逆に、怖かった。
環境のせいかもしれない。誰かに裏切られ、誰かを疑う日々…。
――そしていつかも僕を裏切るんじゃないか、と。

「何より、キミがキミ自身を疑ってる。今のキミは、今のキミなのに」

…あの悪夢は、やっぱりそういうことなのだろうか。
血に濡れた手、拭い去れない過去。
いつかまたあんな日々が訪れるのではないかと怯えている。
自分の意思の伴わないところでまた殺しをしてしまうのではないかと畏れている。

「確かに、あたしの知らない昔のキミは血に濡れていたかもしれない。
 キミがそう言うならきっとそうなんだろうと思う。
 けど、あたしはその過去を拒まず受け入れる。そして、今のキミを…信じる」

何故、はこんなにも強いのだろう。
僕の過去を嘘だと否定することもなく、疑うこともなく、ただ受け入れると。

「…
「誰かを大切だと思い…大切にされたいと思うなら、まず、疑うのをやめて信じてみる」

抱きしめる力が強くなる。
こんな強い力が、彼女のどこにあるのだろう?

「それは…?」
「あたしの、信条」

顔を上げて、にこっと笑う。

「ばーちゃんが言ってた。何事も、信じて受け入れることから始まるんだって。
 あたしは、ドロロが好き。大好き。だからキミを信じるって、疑わないって決めたの」

澄んだ瞳の奥に、強い意志の光が見える。
優しい彼女が心の奥に秘めた、強い、強いココロ。
決意を秘めた眼と言葉に、自分の心にある不安が打ち砕かれていく。

「だから、…キミに、あたしを信じて欲しい。
 キミが、あたしを大切だと思ってくれるなら」

触れ絡む視線が、僕の心までも絡め取っていく。
…拒めるわけ、ないじゃないか。

「…うん。ごめん、疑ってしまって。
 僕も君が好き…君が誰よりも大切だ。だから…君を、信じるよ」

彼女の顔が一段と明るくなる。
花が咲くような笑顔、とはこのことを言うんだろう。
きらきらと輝く、真夏のひまわりのような笑顔。
つられて僕の口元も緩んでしまう。

「あ、やっと笑った」
「え?」
「今日、ずーっと変な顔してたから。
 笑ってても、ちょっと無理してるような感じだった。
 …うん、やっぱりあたしは笑ってるドロロが好きだな」
「あはは…拙者も、笑っている殿が好きでござるよ」

少し頬を赤らめて照れる彼女があまりにも可愛らしくて、
僕は彼女の唇にキスを落とした。















君は僕を疑わない。どんな過去も、どんな言葉も。

僕が君を裏切ることはないと、信じている。

だから僕も、君を疑わない。決して裏切らない。

君を信じて、君と一緒に歩いていく。



















02.なにひとつ疑わない君















fin




atogaki
 1周年記念フリー夢小説。
 お持ち帰りは自由ですが、サイト掲載の際にはご一報を。
 ファング様リクエストのドロロ夢でございました。
 最後、駆け足で仕上げたのでいまいち纏まりが…。
 素状態が多くていまいちドロロっぽく見えませんね。
 そのくせ黒風節絶好調のシュガーレスなドリー無でございます。
 いやはや。こんなものでよければご献上いたします。
  08.09.19 黒風貴臣