初めて、そんなことを言われた。
モノゴコロついたときには一人ぼっちだった。
親からは殴られ蹴られが当たり前で、身体に痣が消えることはなかった。
学校でも当然いじめの対象になって、ずっと罵られ嘲られ続けてきた。
周囲の人間全てが恨めしかった。無力な自分自身が呪わしかった。
だからこそ、“能力”を手に入れたときは狂喜した。
まず手始めに親を殺した。
白目を剥いてもがく様は実に惨たらしく、どんなクスリよりも甘美な愉悦を齎した。
次にクラスメイトと教師を殺した。
泣き叫びながら助けを求める様は実に無様で、どんな美食よりも私を満たした。
警察から逃げるうちに他の能力者たちとも出会った。
能力者同志は気配を察知し引かれあう。
もっとも、私に軽々しく近づいたやつは悉くその生を失ったが。
一口に能力といっても色々なタイプがある。
身を守ったり、あるいは他人の行動を制限する補助的な能力。
そして、直接的に物質の破壊・生物の殺傷をすることが出来る攻撃的能力。
私の能力は後者だった。
性格には攻撃的な能力に分類することは出来ないかもしれない。
この能力は、ただひとつの目的を達成するためだけの能力。
すなわち、人殺しを。
『液中への気体の発生』――。
それが私の能力。
生き物を殺すのなんか簡単だ。
血中に小さな気泡を発生させてやればいい。
それだけであっさり生き物は死ぬ。
人を殺すチカラ。人を殺せるチカラ。人を殺すためのチカラ。
他者を恐れ慄かせ跪かせることができる、絶対なる力。
私は求めて止まなかったモノを手に入れた。
…だからだ。
だからきっと、浮かれていた。調子に乗っていた。
否定はすまい。認めよう。私は油断していた。あるいは疲れていたのかもしれない。
そうでなければ、なぜ能力者の気配に気付くのが遅れ、後ろから頭を引っ掴まれたのか分からない。
その能力者の能力で気を失ったのもほぼ間違いないだろう。
いや正直悪かった。うん、とりあえず謝ろう。よく分からないが。
だからどうか教えて欲しい。今私が置かれている現状を。
ふかふかのソファに横たわって、豪勢なシャンデリアを見上げている現在の状況の訳を。
「…く、ぅっ」
ゆっくりと身体を起こす。
頭がガンガンする。身体中がぎしぎしと軋む。
軽く頭を振って見回しても、全く知らない場所であることが分かるだけだった。
「あぁ、起きたのか」
「やっほー、元気?」
「ッ!?」
扉の開く音と他人の声に身構える。
現れたのは――金の長髪の男と黒の蓬髪の男。
さらに言えば、優男っぽいのとちょっとアレなの。
どちらにしろ能力者であるのは間違いなかった。
「ここはどこだ、私はどうしてここにいる、お前らは誰だ、私をどうする気だッ!」
「わ、わ、そんなにまくし立てるなよっ」
「まぁ、仕方ないさ。勝又さん、ちょっと強引に連れてきたみたいだから」
「勝又?」
どうやらそいつが私をここへ連れてきたらしい。
あの時私の頭を引っ掴んだ張本人か。
…思い出したら腹が立ってきたな。
私の心中に気付くことなく金髪青年はソファ近くの椅子に腰掛け、蓬髪ツナギは私の隣に座った。
「あぁ、勝又さんってのはオレたちのリーダー的な存在で――」
「私の意識を奪った挙句ここに連行したクソ能力者だな?」
「うっ…」
「あっちゃー…かっつん、無理やりにも程があるだろ…」
「それで私に何の用だというんだ。見たとこお前たちも能力者のようだが?」
「なぁ、それより名前教えろよー!お仲間なんだし、いいだろ?名前ぐらいさ」
「ちょっ、由良ッ!」
あー…とりあえず由良という名前の黒髪蓬髪ツナギ野郎が馬鹿なことは把握した。
馬鹿だ馬鹿。殺すのが馬鹿馬鹿しくなる馬鹿。
能力者に名前なんてそう簡単に教えられるものではないに決まってる。
事実、名前と顔が分かれば思いのままなんてどっかで見たような能力者だっている。
えてしてそういう制限がついた能力のほうが厄介だ。
それが分かっていれば自分から名乗るなんて馬鹿なことするわけが――。
「そっか、オレの名前言ってなかったよな。オレは由良。由良匠! ついでに能力はしゃぼん玉!」
「ハァ…。…オレは森尾健一郎。能力は風」
どがしゃっ。
「うわっ、大丈夫かっ!?」
「…ああ…」
「何でいきなり転げ落ちてんのっ!?」
「いや、別に…」
こいつら…両方馬鹿だ。馬鹿すぎる。
何で名前はおろか能力まで暴露してるんだ。
それじゃ『殺してくれ』って言ってるようなもんだぞ?
よほど自信があるのか、驕っているのか…。あるいはただ無知なだけか。
もうそろそろつっぱるのが阿保くさくなってきたが、気を抜くわけにはいかない。
何とか身体を起こし、ソファに座りなおす。
「私は…だ。これでいいだろ。とっとと教えてくれ、私に何の用なんだ?」
「んーと、かっつんが言うには、があいつのシナリオの要らしいぜ」
「…は?」
「由良…それじゃ分からないぞ。つまり、はオレたちにとって重要な存在だってことさ」
…また下らない理由で人を拉致するものだ。
ロクなことになる予感が全くしないからさっさと逃げ出したいが、
私を重要人物として連行した以上、逃げられないような仕掛けがあるんだろう。
「つまり私は、今後お前たちと行動を共にすることになるわけだ?」
「そういうことになるな。理解が早くて助かるよ」
「そんでオレらはの護衛役。ナイトってわけ。騎士のほうな」
「あぁ。君を守るよ、必ず」
――聴き慣れない言葉が、聞こえた。
モノゴコロついて十数年、全く縁のなかった言葉だ。
「…守、る?」
「そ。きっちり守ってあげるから何も心配しなくていーぜ?」
「あ、ああ…」
どくん。どくん。
心臓の動きが早くなる。
初めて、初めて言われた。
守ってやるなんて、初めて言われた。
だからきっと、これは嬉しいという感情。
こんな気持ち、ずっと忘れていた。
一人ぼっちの日々にはなかった感覚。
――そういえばこうやって他人と話すのも久しぶりだ。
結構、楽しいかもしれないと思う。
いや、無理やり連れてこられたのは勿論腹立たしいのだが。
抜け出せるだろうか。この悲哀の海の底から――。
「…よろしく、頼む」
自然に顔が緩んだ。
どれくらいぶりだろう。笑う、なんて。
「…か…」
「?」
「かっわいいー!!」
「うわ!?」
由良に飛びつかれる。
ぎゅうっと抱きしめられて、身動きが取れない。
何とか振りほどこうと足掻くが、無駄な努力だった。
「可愛くなんかなっ、ちょ、やめっ、由良!」
「、笑ったほうが絶対可愛いよっ!! なっ、モリヲ!」
「え、あ、そ、そうだな…」
「も、森尾まで何言って…!」
「わー、モリヲもも顔赤っ! カッワイー!」
「由良、いい加減にしろっ!」
ぽかり、と森尾が由良の頭をこづく。
その光景が楽しかったから、笑った。
そのうちに由良と森尾も笑い始めて、3人で笑った。
こんな風に笑えるのなら――こいつらと一緒にいてもいいや。
すこし恥ずかしいけど、守ってくれるって言うし。
…ただ、
多分私のほうが強いから、立場は逆になると思うけれど。
03.君を守ってあげる。
fin
atogaki
20000HIT記念フリー夢小説。
神埼萩様リクエスト、由良&森尾夢〜…。
何回か書き直してやっとこの設定に落ち着きました。
…でも序盤のモノローグ長すぎるよorz
序盤シリアス、後はほのぼの?
どっちなのかはっきりせぇって感じですな。