「クルルってさー」
「あん?」
「カワイイよね」
Cute?
ピ―――――…ッ
クルルズ・ラボに機械のエラー音が響く。
この場所では聞き慣れない音に、は少し目を丸くした。
研究所の主――クルル曹長は『天才』で、こんなことは滅多にない。
彼が相当動揺しているというのは簡単に見て取れた。
彼自身もそれを分かっているのだろう、小さく舌打ちするとコンピュータを強制終了させた。
多数の巨大なモニターから光が失われ、ファンの音が消えていく。
「…ッたく…バカなこと言ってんじゃねェよ」
そう言いながら、椅子の背もたれに身体を預ける。
はいつものようにどこからか椅子を持ってきてクルルのすぐ隣に落ち着いていた。
すぐ隣というのは本当にすぐ隣で、椅子同士の距離が50cmあるかどうかという距離だった。
彼女がいつからそうするようになったのか、少なくともクルルは覚えていない。
フと気付いたらそこにいるのが当たり前になっていたし、が何するわけでもなかったので、クルルも特にどうこうするということはなかったのだった。
小隊に編入しているアンゴル族の少女のように興味津々でクルルの行動を見るようなこともなく、彼の研究・開発活動に支障が出ることはなかったからだ。
自分の邪魔さえされなければ仕事中の彼は――作成されるものの善悪に関わらず――意外に人畜無害なのである。
故に、たまに二言三言の単語の交換はあったものの、会話と呼べるものにまで至ることはほとんどなかったのだ。
…が、今回に関しては別だった。
「だってクルル可愛いんだもん」
「クックック…笑えねェ冗談だな。俺のドコがカワイイっつーんだよ」
自分で言うのもナンだが、自分ほど可愛げのないケロン人も珍しいと思う。
嫌な奴だし、態度も悪い。見た目だって他の隊員ほどカワイらしくはない。
それなのに――…そうだ。それなのに、なぜこの地球人は自分なんかの側にいる?
「…カワイくなんか、ねェよ」
声が微かに震えているのが、分かった。
クルル本人にしか分からない程度ではあったが、確かに。
地球人ごときの言葉に心乱されるなど、自分らしくもない。自分でも訳が分からない。
…否。
本当は、気付いている。
ただ、認めたくないだけだ。
ちくしょう、と心の中で小さく呟く。
クルルは立ち上がると、自分の椅子からの膝へぴょいと飛び移った。
「クルル?」
「―――――」
つい口から出そうになった言葉を奥歯で噛み殺す。
代わりに精一杯背伸びをして、の頬に手を伸ばす。
そのまま、不思議そうな顔をして自分を見下ろすの唇を奪った。
「――これでも、か?」
唇が離れたあと、真っ赤になっているを見ながらクルルは告げた。
「いきなりこんなことする奴(が、カワイイっていうのかよ?」
いつものように憎たらしくいったつもりだったが、やはり僅かに声が震えていた。
はそんなクルルを見つめたまま、彼を強く抱きしめた。
「クルっ!?」
「クルル…すっごい可愛い」
「な…っ!?」
ぬいぐるみのように抱かれ(実際地球のぬいぐるみサイズなので仕方ないのだが)手足をじたばたさせる。
しかし地球人とケロン人の力の差のカベは厚く、たいした意味は成さなかった。
しかもケロン人の方が戦闘兵ならいざ知らず、非力なオペレーターとなれば尚更であった。
「は、離せっ!何でだよ!?俺は―――ッ」
「…そういうトコが可愛いんだってば」
「???」
クルルにはその言葉の意味が分からなかった。
自分はすごく嫌な奴で、しかも先刻はブッ飛ばされても仕方ないようなことをした。
それなのにこのオンナはまだ自分をカワイイと言う。
カワイイところなんて…ありはしないのに。
「性格悪いとことか態度悪いとことか愛想無いとことか嫌われたがるとことか、イロイロ可愛いんだよ」
「はぁ?」
「けど…自分に可愛げが無いって思ってるとこがいちばん可愛いな」
そう言ってはクルルを抱く力を少し緩め、彼と目を合わせ微笑んだ。
その笑顔を見て、クルルは心底安堵した。
嫌われなくてよかったと、思った。
そうだ。最初から嫌われたくなど無かったのだ。
嫌な奴で、可愛げのない自分が嫌だった。
普段はそんなこと雀の涙どころか原子一つ分ほども考えはしないのに、の前にいるときだけは可愛げのない自分が心底嫌になった。
だけど優しくなんてしたら自分らしくないから、心とは逆の行為をして。
――優しくなれないのなら、嫌われてしまえばいい。届かぬ想いならば、いっそ――。
…先程の口付けも、覚悟の上の行為だった。
殴られても蹴られても罵られても…甘んじて受けようと。
だが、はそんなクルルを可愛いといった。
彼を受け容れ、微笑んだ。
「…――…」
「クルル…?」
「…俺――俺は――…」
止まらない。
抑えられない。
先刻噛み殺した言葉が。
「が、好きだ」
零れた。
の顔が口付けられたときよりも更に赤くなる。
耳まで真っ赤になって石化している彼女に、クルルは
もう一度口付けた。
「クル…ル…」
「…ッ、悪ィ…」
そう言って、ばっと顔を逸らす。
――何をしているんだ…俺は。
などと思っても、既に終わったあとでは意味もなく。
静寂が訪れる。
「…ぷっ」
「?」
「あはははははっ!!」
「!?」
急に笑い出したに、今度はクルルが目を丸くする。
…といっても、眼鏡のおかげで目の動きは見えなかったが。
「く…クルル、変!ってか、似合わないっ!もういっそ可愛いッ!!」
「な、何がだよ?」
「いっつも自分がどんなに悪いことしようが絶対謝罪なんてしないのに…ッ!あは、あははっ!!」
「…ぁ」
言われて、俄かに顔が熱くなる。
多分今の自分は赤くなっているのだろうと考えると、我ながら格好悪いと思った。
…確かに、自分が謝るなどとてつもなく珍しいことだろう。
だが…そんな下らないことで、笑っているのか。
告白したことを、口付けしたことを、何とも…思っていないのか?
「…」
「あ、クルルが顔赤いっ!?うわ、また珍しいもの見れたよっ!!あははっ可愛いーv」
「…っ!」
「あ、怒った?…ごめん」
そんな目で見るな。何も、言えなくなるじゃねェか。
そう心の中で毒づいては見るものの、実際に口に出すことはなく。
ただ、吸い込まれるようにの瞳を見つめていた。
「…すきだよ」
「…ぇ」
「クルルが、好きだよ。ずっと前から。好きだから、ここにいたの」
「マジ…かよ?」
「でも、両想いになれるなんて思ってなかったよ。だから…すごい嬉しい」
微笑みながら、その瞳は確かに潤んでいた。
「すき…大好き、クルル」
「…俺もだ」
「ね、好きって言って」
「な、何で」
「さっきは言ってくれたじゃん」
「…仕方ねーな…大きな声じゃ言わねェからな」
「えへへ…♪」
声がよく聞こえるよう、上半身を屈める。
クルルはの耳に唇を寄せ、
「愛してる」
囁いた。
「――っ、それ反則…!」
「ここまで来たら反則も何もないだろ…?クックック」
いつもの意地悪い笑み。
やっといつもの調子に戻ってきた、というところか。
それでも、は幸せだった。
そんなを見て、クルルは幸せだった。
…ま、幸せならそれでいいってことで。
「…そういえばクルルさ、あんまり他人を好きになったことないでしょ」
「あァ…まぁ、そうだな」
「だよねぇ。いきなりキスするなんてねぇ。ま、そこが可愛いんだけど」
「…うるせェよ」
「…あ、そうだ」
「何だよ?」
「いくら相思相愛状態とはいえ、ヒトのファーストキス奪ってくれちゃって…仕返ししたる!」
「クっ!?」
…ちゅ。
「…!?」
「へへ…仕返し完了♪じゃ、また明日ね!」
「お、おいッ!!」
――お前の方が、よっぽど反則じゃねェか…。
-----おまけ-----
「――クルルの意外な一面を発見でありますなぁ…」
「っていうかクルル先輩って結構へたれだったですぅ?」
「ま、その辺はギロロには敵わないでありますがなァ♪」
「き、貴様…勝手なことを…ッ!」
「け、ケロロ君っ、覗き見はダメだよぅ!」
「何をいまさらですぅ〜!」
「ドロロだって結局見てたじゃーん♪…ゲロ?」
「…何やってんだい…?皆さんお揃いで…」
「げッ!!こ、これは、その…っ」
「…クーックックックックック…」
「「「「(ひぇぇぇぇぇ…!!!)」」」」
fin
atogaki
クルルがへたれなんだか何なんだかよく分からんクルル夢。非擬人化。
何ともクルルがクルルらしくない…偽者だよ…。
しかし甘いな。書きながら大爆笑。
ケロ・タマ・ギロ・ドロのその後は…推して知るべし(笑