この感情は、たぶん他に言い表しようがない。










感情理論










さん?」

その声にはっと顔を上げる。
…眠って、いたのか。
建物の中がオレンジ色に染まっているところを見ると、大分陽が傾いているらしい。
日曜の昼から眠りこけていたなんて、時間の無駄遣いこの上ない。
居眠りにもほどがある、と心の中で苦笑する。

「起きたんですね」
「…帰る。長居しすぎた」
「そうですか」

腹立たしい。
にこにこと微笑む、その笑顔が。

「また来るんでしょう?」

当たり前のようにそう言う。
実際当たり前なのだから仕方ないが。
返答代わりに背を向けて玄関のドアへと向かう。
あいつもそれを分かっている。
だからきっと、さようならと言う。

「さようなら」

ほら、やっぱり。















気づけば生活の一部になっていた行動。
あの日、町外れの教会に興味本位で訪れた日から。

ドアを開けた先で待っていたのは、子供たちや修道女たちの笑顔。
初対面の自分に、屈託なく話しかけてくる人々。
縁側の陽だまりのような、心地よい暖かさ。
その中で一際優しい光を放っていたのが、彼――麻生英雄牧師だった。

次の瞬間、私は彼を『嫌い』になっていた。
…その光が、優しさが、笑顔が――気に食わなかった。

何故、と問われても、分からない。
多分それは、本能的な拒絶。根本からの否定。
理由など、ない。

私は、麻生英雄が『嫌い』だ。















てくてくと教会への道を歩く。
今日は金曜だが、創立記念日で学校は休みだ。

学校が休みの日は昼過ぎから教会へ行く。
別に私はクリスチャンでもないし、ずば抜けて子供好きというわけでもない。
それなのに、こうもしょっちゅう教会へ向かうのは、何故か。

理由を挙げるとすれば――麻生英雄の存在。





と、そこまで考えてふと気づいた。
私は麻生英雄が『嫌い』なはずだ。
彼の存在が教会へ行く理由になるのはおかしい。

ならば、何故?
そう幾度考え直しても、脳裏によぎるのは麻生英雄の姿。

頭を軽く左右に振る。
どうしても、あいつのことが頭から離れない。
嫌いで嫌いで仕方ないのに。大嫌いなのに。
『嫌い』ということで、必要以上にあいつのことを気にしてしまっているのか。
そう、好きなのと同じくらい――。



『 好 き 』



その単語が出てきた瞬間、ぼっと顔が赤くなるのが分かった。
馬鹿な、何を考えているんだ、私は。

私は、麻生英雄が嫌いで――嫌いで――仕方ないはず、なのに。





いつの間にか目の前まで来ていた教会を見上げる。
余計なことを考えていたせいで、ドアに手をかけるのに躊躇いが生じた。
意を決してドアを開けようとした、その時。

「あれ、さん」

ばたんという音を立てて目の前の扉が開く。
開けたのはもちろん私ではなく、目の前の男。

「もうすぐ来る頃だろうと思って、様子を見ようと思ってたんですよ」
「あ、ぅ、ぁ…」
「? さん?」

突然の出来事に脳がフリーズする。
唇はうまく言葉を紡ぐことができず、金魚のようにぱくぱくさせるだけ。
何か言わなきゃと思っても、いつものように憎まれ口を叩くこともできない。

「どうしたんです?」
「ッ、何でも、ないっ!!」
さん!?」

弾かれたように駆け出す。
あれ以上あの場に――麻生英雄の近くにいたら、おかしくなってしまいそうだ。
一歩踏み出せば、彼の腕の中に収まってしまいそうな――。
そんなことを考えて、ますます体温が上がるのを感じた。
体に走れるほどの力が入らなくなって、立ち止まる。
どう走ってきたのか分からないが、どうやらここは教会の近くの公園らしい。
教会で見た子供たちが何人か戯れているのが見えた。
おぼつかない足どりで、公園の隅の木の下に腰を下ろす。
いまだ整わない呼吸を整えようと軽く息を吸う。
草木の香りが心地よく、自然に瞼が重くなってくる。

そのまま、私は意識を手放した。










「―――?」

目覚めた私の視界に飛び込んできたのは、綺麗な夕日。
どれくらい眠っていたのだろう、と軽く思考をめぐらす。
ふと、左肩に感じる違和感。
太陽の光によるものとは違う、温もり。
そっと、左側に顔を向ける。

「!! あそ…ッ!!」

出かけた声を慌てて抑える。
何故、どうして。
麻生英雄が、私の左側に寄り添うように眠っているのか。
心音がどんどん大きくなっていく。
彼に聞こえてしまうのではないかと思うほど、心臓が高鳴る。
逃げ出したいけれど、今動けば確実に彼が目覚めてしまうだろう。
どうしようもなくなって、隣で眠る男の顔を覗き見る。
格好いい…というより、どっちかというと可愛い系になるのだろうか。
所々まとまりきらずにハネた髪が、風に吹かれて揺れた。

「……麻生」

小さく呟く。
嫌いで、嫌いで、仕方ないはずなのに。
傍にいると、どきどきして、でも落ち着いて。
嫌いだと、思おうとしてた。
――きっと、認めたくなかったんだ。
この感情を。

「ぅん…」
「!!」
「ふぁ…。あ、おはようございます〜…さん」

…タイミングが良いか悪いかと言われたら、この場合満場一致で『悪い』だろう。
やっぱり、この男のこういうところは嫌いかもしれない。

「いやぁ、追いかけてたら、貴方がここで寝てるの見つけまして。
 起こそうかと思ったんですけどあんまり気持ちよさそうだったので…。
 なんとなく隣に座ってるうちに寝ちゃってたみたいですね、いや、面目ない」
「…起こしてくれれば良かったのに」
「そうですか?でも、好きなヒトが幸せそうに寝ているのを起こすのは気が引けたんですよ」
「え?」

――今、ものッすごいさらりと爆弾発言されたような気がするんですが。

「あ…麻生?今…何て…」
「あれ?言ってませんでしたっけ?僕はさんが好きなんですよ」
「何、それ…知らない…!」

ぽたり、と涙が零れた。
悔しいんだか、嬉しいんだか…多分、両方だ。
ムカつく。腹立つ。けど。
…やっぱり、嬉しいの度合いのほうが少しだけ大きい。

「え?あ、あれっ?ごめんなさい、嫌でしたか?」

慌ててる姿が珍しくて、喉の奥で小さく笑う。
何だか、今まで自分がこの感情から目を逸らしてたことが馬鹿馬鹿しくなってきた。

「別に…嫌じゃ、ない」
「あ…そうなんですか?…あれ?じゃあ何で、泣いて…?」
「…それはね」

寄り添ったままの麻生の右肩に、少しだけ体重をかける。

「麻生が好きだから、だよ」










嫌いだった 大嫌いだった

笑顔も 温もりも 何もかも

ひたすらに気に食わなかった



それなのに ねぇ

今この胸に溢れる感情は かつてとは正反対で



君が好きで好きで仕方ないよ















fin




atogaki
 【BB】様に捧げます、相互記念小説。
 麻生夢です。書き始めたら止まらなかった…。
 真っ白で天然気味な牧師様を書きたかったらしいです。(らしいってアンタ
 楽しんでいただけたならこれ幸い。
 オシツケトイテウタッテンジャネー!!( ゚田゚)○)`ν゚)・;'.、ウボァァァ!!